メインストーリー
プロローグ
第3話 全力お遊戯会
登場人物
監督(いづみ)
伊助(支配人)、亀吉
迫田
MANKAI劇場 舞台
いづみ |
(この舞台セット、段ボール……? お遊戯会みたいだけど、これも演出のひとつなのかな) |
新人劇団員(咲也) |
えーと、立ち位置は……。
|
いづみ | (あ、出て来た) |
新人劇団員(咲也) | ……。 |
いづみ |
(初舞台って言ってたけど、緊張してるのかな。 動きがぎこちない) |
新人劇団員(咲也) |
やあ、僕は門田(かどた)ロミオ! 高校一年生! クラスメイトの女の子に片想い中なんだ! |
新人劇団員(咲也) |
あーあ、どうしてあの子は僕のことを 好きになってくれないのかなー。 |
新人劇団員(咲也) | 僕はこんなにあの子のことが好きなのに! |
いづみ |
(う、うーん。演技はさっぱりだけど、きっと新人だよね。 他の団員はどんなーー) |
新人劇団員(咲也) | いけない、もうこんな時間! 学校に行かなくちゃ! |
いづみ | (って、まさか、ずっとこの子の一人芝居が続くの!?) |
??? | おいマテよロミオ。 |
いづみ | (やっと他の役者が出てきた……) |
オウム | 学校に行くんダロ。俺も連れテケ。 |
いづみ | (まさかのオウム!?) |
いづみ |
(どうしよう……ある意味斬新だけど、 何が面白いのかさっぱりわからない) |
古市 | ふう……。 |
いづみ | (この人じゃないけど、私もため息が出そう) |
新人劇団員(咲也) | よし! あの子に会いに行こう! |
いづみ |
(この子、観客がこれだけしかいないのに、全然めげてないな。 だんだん緊張も解けてきたみたいだし) |
いづみ | (明るいし、舞台に立つのが楽しくてしょうがないっていう感じ) |
新人劇団員(咲也) | ありがとうございました! |
いづみ | (あ、今ので終わりだったんだ) |
MANKAI劇場 客席
古市 | ひどい脚本だな。 |
いづみ | う、うーん……。 |
いづみ | (でも、あの子嬉しそうだな) |
いづみ | (私も、舞台に初めて立った時は、そんな気持ちだった) |
いづみ |
(ただただ楽しくて夢中で、 何がなんだかわからないうちに終わってた) |
いづみ |
(あの子、せっかくやる気がありそうなのに、もったいないな。 もっといい舞台で、いいお芝居をさせてあげたい) |
古市 | さて、取り壊すか。 |
いづみ | ええ!? あんながんばってるお芝居を見た後で鬼ですか! |
古市 | がんばってる? |
いづみ | そうですよ。まだまだ未熟だけど、気持ちは伝わってきました。 |
古市 | 頑張ってる芝居が見たければお遊戯会にでも行けばいい。 |
古市 | これは発表会か何かか? がんばった成果をお披露目する場か? |
古市 | プロが金をもらって客を楽しませる場だろ。 |
いづみ | それはそうですけど、あの子だってがんばればきっと……。 |
古市 | この世に努力だけでどうにかなるものなんてねえんだよ。 |
いづみ | ーー。 |
いづみ 回想の舞台
演出家 |
努力してもどうにもならない。もう諦めろ。 お前には演技の才能がないんだよ。 |
MANKAI劇場 客席
古市 |
お前だってわかっただろ。この劇団がビロードウェイで生き残れる 可能性なんて、万に一つもないってことくらい。 |
いづみ |
たしかに、ビロードウェイのレベルは高いし、 この劇団のレベルは果てしなく低いけどーー。 |
古市 | だったら、話は終わりだ。この劇団はつぶす。 |
新人劇団員(咲也) | え? この劇団、なくなっちゃうんですか……? |
いづみ | あ……。 |
新人劇団員(咲也) |
すみません、今、話が聞こえちゃって…… オレ、昨日この劇団に入ったばっかりなんです! |
新人劇団員(咲也) |
まだまだ演技も下手くそだけど、舞台が大好きで、 だから、潰さないでください! |
古市 | 断る。 |
新人劇団員(咲也) | そんな!! |
いづみ | こんなに必死で頼んでるのに! |
古市 | この劇団を潰すのはもう決まったことだ。 |
天パの男(伊助) | 潰させませーん! |
新人劇団員(咲也) | 支配人……。 |
いづみ | (え、この天パの人が支配人だったの!?) |
支配人 | この劇団は、なんとしても守らなくちゃいけないんです! |
古市 |
松川、俺はお前に何度もチャンスを与えてきた。 そのすべてをふいにしたのはお前だ。もう交渉の余地はない。 |
支配人 | でも、でも、また昔みたいに盛り上がる可能性だってーー。 |
古市 | ありえん。 |
いづみ | 昔は盛り上がってたんですか? |
支配人 |
そうなんです! 幸夫さんがいたときは、 いつも満席で当日券待ちの行列だってできてーー。 |
いづみ |
幸夫? 幸夫って……もしかして、立花幸夫ですか!? |
支配人 | 知ってるんですか? |
いづみ |
わ、私の父です……。 |
支配人 | あなたが幸夫さんの……娘さん!? |
いづみ | 本当は今日、この手紙を書いた人に会いにきたんです。 |
支配人 | それ、僕が書いたんです! |
いづみ | じゃあ、あなたが松川伊助さん……? |
支配人 | はい。幸夫さんは、今日は来られなかったんですか? |
いづみ | 父は八年前から音信不通で、家にも帰って来てません……。 |
支配人 | 音信不通……そうだったんですか。 |
いづみ | 父のこと、何か知りませんか? |
支配人 |
ある日突然姿を消して、劇場にも顔を出さず、 連絡が取れないままなんです。 |
いづみ | そんな……。 |
支配人 | もしかしたら自宅なら、って思ったんですけど……。 |
古市 |
それでまた頼ろうとしたわけか。 あてが外れたみたいだな。もう終わりだ。 |
いづみ |
ちょっと、そんな言い方ひどいじゃないですか! 他にも何か方法があるかもしれないのに。 |
支配人 |
そ、そうですよ! 幸夫さんじゃなくても、他に助けてくれる人が いるかもしれないじゃないですか! |
いづみ | (なんで、そう言いながらちらちら私の方を見るんだろう) |
古市 |
この劇場のことを何も知らないから、 そんな簡単に考えられるんだ。 |
いづみ | どういう意味ですか? |
古市 | この劇場は、生意気にもこの劇団の専用劇場だ。 |
古市 |
ほとんどの劇団は専用の劇場を持たずに芝居用の 小屋を借りて公演を行うが、この劇場は違う。 |
古市 |
専用劇場に団員寮まで備えてるせいで、 維持するだけでもかなりのコストがかかる。 |
古市 |
最盛期の八年前までは春夏秋冬、四つの演劇ユニットが 毎月入れ替わりで公演を回して収益を上げていた。 |
古市 |
四組ユニットを揃えて、毎月コンスタントに公演を行わない限り、 この劇団は成り立たないんだよ。 |
いづみ |
(春夏秋冬、四つの演劇ユニット? そういえば、 ちっちゃい頃、お父さんにそんな話を聞いた気が……) |
古市 |
それなのに、今や団員はこのポンコツ支配人を除くと、 昨日入ったっていうこのガキだけだ。 |
古市 | 役者が一人じゃ現実的に不可能だろう。 |
支配人 | はあ……なるほど。 |
古市 |
なるほど、じゃねえ。 支配人であるお前が一番知っとくべきだろうが。 |
いづみ | ずいぶんこの劇団のことに詳しいんですね。 |
古市 | ーー債務者の置かれている状況くらい、調べる。 |
支配人 | そうだ! 団員なら、もう一羽ーー。 |
亀吉 | この亀吉に任セナ! |
古市 | 鳥類は頭数に入らん。 |
支配人 | やっぱりダメか……。 |
古市 | もう猶予はない。迫田! |
迫田 | お呼びっすか、アニキ! |
古市 | やれ。 |
迫田 | あいあいさー! |
支配人 | そんな、殺生なー! |
新人劇団員(咲也) | お願いします! 潰さないでください! |
いづみ |
(このままじゃ、劇団が潰されちゃう。 お父さんの劇団が……) |
いづみ | あ、あー、そうだ! 思い出したー! |
古市 | ああ? |
いづみ |
わ、私、実は父にもしものことがあったときは、 この劇団のこと頼まれてたんですよねー。 |
支配人 | え!? 本当ですか!? |
いづみ | (嘘だけど。言っちゃったからには、これで通すしかない) |
いづみ |
穂、ほらー、松川さんも支配人だし、 何か聞いてたんじゃないですか!? |
支配人 | ええ!? いや、別に。 |
いづみ | 聞いてましたよね!? |
いづみ | (ここは話を合わせてもらわないと!) |
支配人 | そ、そういえば、聞いたことがあるような……ないような? |
いづみ |
要は、団員を増やして四組ユニットを揃えればいいんです。 ですよね、ヤクザさん? |
古市 | まあ、そういうことだな。 |
いづみ |
だったら、問題ありませんよー! 私が新しい劇団員を連れて来ますから! |
支配人 | 本当ですか!? |
古市 |
で、その新しい劇団員とやらは何人で、いつ来るんだ。 まさか全員その素人みたいなのじゃねえだろうな。 |
いづみ |
ええと、一人……いや二人です! 大丈夫です。 私には父から授かったツテと演劇虎の巻があるんです! |
支配人 | やったー! これで劇団は救われる! |
いづみ | (こんなはったり、信じてくれるかわからないけど……) |
古市 | ……日没までだ。 |
いづみ | え? |
古市 |
今日の日没まで待つ。 俺の前に新しい団員を連れて来い。 |
いづみ |
本当に、待ってくれるんですか……? |
古市 | 人数合わせの素人は認めねえぞ。 |
支配人 |
心配ご無用! この幸夫さんの娘様がいるには百人力です! |
いづみ | (この人、何の根拠もないのによくここまで信じ切れるな……) |
古市 | できなかったら、看板は即取り壊しだ。 |
いづみ | わ、わかりました! 行こう、二人とも。 |
支配人 | あいあいさー! |
新人劇団員(咲也) | は、はい! |
古市 |
……下手くそな芝居だな。 幸夫さんとは大違いじゃねえか。 |
迫田 | アニキー、看板はどうするんですか? |
古市 | 聞こえただろ、日没まで待機だ。 |
迫田 | あいあいさー! |